日本には数多くの総合系美術大学がある。そうした芸術系大学の中で、関東圏でよく知られた私立名門の美術関連の大学と言えるのが“ムサビ”こと武蔵野美術大学だ。関東圏で美術系の大学を挙げたときに国立なら東京藝術大学、私立では、このムサビ、そして“タマビ”こと多摩美術大学、“ジョシビ”こと女子美術大学とともに必ず名前が挙がる。
筆者が雑誌編集者時代に仕事を依頼していたアートディレクターさんたちは、例外なしに前述した美術系大学のいずれかの卒業生であった。
2015年8月7日、都内に於いてムサビのトップである武蔵野美術大学長澤忠徳学長の講演会が開催された。講演テーマは「今、だからムサビ。」というものだ。非常にためになる講演だったので紹介しよう。
■開口一番「ムサビ自慢」
長澤学長は「今回は100%自慢話をします」と前置きし、いま武蔵野美術大学ではどのような教育が行われているのかを、様々な角度から紹介してくれた。
「うちの学校の正門から、魔法の粉が降ってきていて、“それを浴びちゃうと自分の中から何かを外に出して表現せざるを得なくなる”と言われている。ここをくぐった瞬間、ただの学生ではいられなくなってしまう」、新入生として正門をくぐった途端ムサビという魔力に取り込まれ、ひとりの表現者として覚醒してしまうというのである。
「20世紀には大きな過ちをしてきた」と長澤氏。「何が問題なのかさえ分からない、という問題を考えなければいけない」とも・・・。「長い文明の発展の中で、基礎研究と称する価値合理性の世界と、応用研究と称する目的合理性の世界という2つの価値が生まれた。この2つがタッグを組んで進んでいくと世の中がうまくいく。しかし最近の社会の論調は全部効率主義で“スムーズにうまいこと行かないとダメ”という風潮だ」と長澤氏。
■自分にしかできない表現を画一的にするのがテクノロジー
長澤氏は「これまで自分たちは、解き方が分かる問題ばかり解いてきたのではないか?」と問題提起する。「これとこれを組み合わせればあの問題解けるよ、という中でしか勝負してこなかったのではないか。あったら便利だけど、なくても不自由しないものばかりが生まれている。」(長澤氏)。
「テクノロジーという言葉はどこから来ているか。“Techne”と“logic”が一緒になってできた言葉だ。そしてTechneとは“私にしかできない技”のこと。これがlogicに乗っかると、logicが分かる人は、それまでTechneがなかったのに、見よう見まねで真似ができる。なのでテクノロジーを発展させると、世の中は一緒になってしまう」と長澤氏。
ロジックさえ組み立ててしまえば、真似をすることで誰でも同じ表現が可能になる。コピーさえしてしまえば、もう原版は不要だ。「そういうことで言うと、Techneを持っている人から技をコピーしたら、あとは別にあなたでなくてもいいよ、となってしまう」(長澤氏)。
■デザイン用ソフトの功罪
「今のコンピューターに入っているソフトについても、デザイナーが何年もかかって、身体でゲットしたレイアウトやフォント、色彩を考えるといったことが、全部ソフトに移植されてしまっている。」(長澤氏)。
「コンピューターに載っけて、昔のデザイナーがセンスとか、才能とか言って持っていたものが全部ソフトでできるようになった。よって、美術大学の学生たちは、コンピューターを使ってデザインするようになったが、彼らからコンピューターを取り上げると、果たして何ができるのかは僕らの大命題」(長澤氏)。
結果として「何が問題なのかさえ分からない問題を積み残してきてしまったところに今の繁栄がある」と長澤氏。そして「これをどうしようか? というのがこれからの大問題である」という。
■固い意志と柔らかい頭脳を育むムサビ
「“分からないこと”を“分かろう”と挑む、固い意志と柔らかい頭脳を育んでいるのが武蔵野美術大学である」と語る。「問題解決の糸口は“心の音”を自身の外に出すこと、表現することが大事である」と長澤氏は言う。「何を問題とするのか? という問題に向き合うことで、生涯続く生き甲斐への自問していくことが時代を開く」(長澤氏)。う~ん納得、非常に深い言葉だ。
「さきほど何が問題なのか分からないときは心の音を聞くのが大事と言った。意思の意という文字は“心”と“音”を組み合わせてできている。気持ちの中の震えだけを伝えても、伝えられた人は、それが何なのかも分からない。気持ちを、思いを、外に表現していくことが大事。どうしようもなくなったときは自分の心の音に耳を澄ませること」。
音とは空気の振動である。その振動にどれだけ思いが込められていても、外からはそれは単なる振動でしかない。そこに込められた思いを、周りに伝わる形で外に出すこと、表現すること、それが大事であるというわけだ。
「昨今の受験生にしても、“自分は何を問題とするからどういった学校で学びたい”というようなことを何も考えていない。好き嫌い、試験の合否という問題もあるが、一番大事なのは“自分の人生で何を問題化して生きていくのかを考えて選ぶ”ということ。そうしたことを生涯かけて自問するほうがいい」(長澤氏)。
武蔵野美術大学は1929年、吉祥寺に「帝国美術学校」という名前で誕生した。その6年後に多摩グループが別れて“タマビ”こと「多摩美術大学」となる。設立当時はお金もなかったので学生がローラーで地ならしをしていたそうだ。しかし、みんなで学校を作っていこうという気風にあふれていたという。
「教養ある美術家の育成」を目指して設立以来86年。「真に人間的自由に達するような美術教育」を体現する学生を育てるのが武蔵野美術大学の教育とのこと。「設立当時、学生の4分の1は東アジアからの留学生。今でこそグローバル社会と言うが、武蔵野美術大学は生まれたときからグローバル」(長澤氏)。
また、「師範科」を設けて80年になるという。そのくらい昔から、美術教員を養成していたわけだ。また通信教育を初めても64年になる。「我々は、人がどう考えて、どう悩んで、どうもだえて、そこから何を出してくるのかというというところに教育の主眼を置いており、身体性を覚醒させる教育をしている」(長澤氏)。
大事なのは「寛容性」であると長澤氏。人それぞれ生まれてから境遇は違うし、見てきた世界も、親から投げかけられた言葉も違う。一概に「こうでなければならない」とすることはできない。
「それぞれの身体性を、寛容を持って受け入れることができなければならない。ムサビは“寛容なる校風”。そこで学生は自在性を獲得していく」(長澤氏)。
■ムサビ出身者6万5千名が拡げるネットワーク
武蔵野美術大学と多摩美術大学からは毎年1500人くらいのクリエイティブアーティストが世に出ている。その中には世界の芸術文化、美術界、クリエイティブ産業界でグローバルに活躍する卒業生がいるとのこと。これまで卒業してきた人数は6万5千名。筆者が編集者時代にお世話になったアートディレクターさんたちも、同学の出身者が多かった。そして彼らからは、デザインやイラストに関して様々なことを教わった。間接的ではあるが、筆者もムサビ(出身者)から、アートに関する様々なことを学んだのだろう。
日本各地から海外に至るまで、校友ネットワークは広がっているという。「毎年送り出していく1500名から陰ってくると日本がダメになる。日本と世界のクリエイティブ産業の次代を担う責任と自負を持った学校であると思う」(長澤氏)。
武蔵野美術大学では4年前から、グローバル人材育成プログラムを開始しているとのことだ。日本の人口が減ってきている現状で何が大事になってくるかというと、日本にいて活躍しているクリエイターが、グローバルなマインドを持っていかなければならないということだそうだ。
「これからの日本の“グローバル”というのは世界に出て行くことではない。我々が国際的な視野を持ち、世界の人が文化も何もかも異なり、心の音の出し方が百葉なんだということをしっかり知って、そういう人たちを寛容に受け入れることがグローバル。いろいろなところが間違った書き方をしている」(長澤氏)。
そしてグローバルに向けたプログラムを始めたあと、英語を重視した選抜を始めたそうだ。そうすると実は語学力を持っていて、クリエイティブなことが好きな人たちはたくさんいたことが分かってきたとのこと。こうした学生たちに向けて、世界で活躍するために必要な「15」のことを規定した。詳細は武蔵野美術大学のホームページにあるので、興味のある方は参考にしてほしい。
非常に示唆に富んだ、充実した講演会で、紙面の都合からも泣く泣く割愛した部分も多い。少しでも興味がある方は、オープンキャンパスや秋の芸術祭などを通じて、武蔵野美術大学に触れてみてはいかがだろうか。
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